大河ドラマ【西郷どん(せごどん)】34話・35話・36話・37話のあらすじは、まだ未発表ですので確定あらすじは解りませんが、【西郷どん】の原作より抜粋しながら、34話・35話・36話・37話のあらすじ予想をネタバレとして紹介したいと思います。

 

34話~37話辺りは、原作の内容が混ざり合っている可能性もありますので、あらすじ(ネタバレ)予想としております。

 

では、34話・35話・36話・37話のあらすじ(ネタバレ)、いってみよ~!

 

※ 大河ドラマは原作より大幅に変更している内容が多いので、参考あらすじとして読んでみてくださいね。

 

各話のあらすじ(ネタバレ)は、こちらからどうぞ!  ↓

【西郷どん】あらすじ(ネタバレ)1話~最終回まで

 

【西郷どん】放送終了後の感想一覧表!【1話~最終話まで】  

 

【西郷どん】再放送は?更に再放送も見逃した場合は・・・?!

 

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【西郷どん(せごどん)】第34話あらすじ(ネタバレ)【原作から予想】!

 

【西郷どん(せごどん)】第34話あらすじ(ネタバレ)【原作から予想】!

 

幕府からの戦闘に対して長州は、大量の銃と軍艦を手に入れ、薩摩も味方に引き入れている事もあり、優勢に戦いを進めた。

大村益次郎を総参謀長にして、本拠地山口政事堂の守りを固めている。

 

そんな中、将軍・家茂が大阪城で突然なくなったのだ。

まだ二十一歳の若さであった。

 

どうやら責務の重さが原因で、重度の脚気だった。

次の将軍として慶喜が指名されたが、徳川宗家は継ぐが、将軍職はやりたくない!と言っている。

 

家茂の喪に服すという名目で、慶喜は出陣すら取りやめる事にした。

そうして休戦交渉は、勝海舟に丸投げされた。

 

それは、幕府の事実上の敗北を意味しているのであった。

そうして、この機に乗じて岩倉具視が再び立ち上がる事になるのだ。

 

岩倉は、『公家こそが中心になり、次の時代をつくることが出来る』と立ち上がったのだ。

しかし、なかなか孝明天皇の考えを変える事は出来ない。

 

孝明天皇は、『変革』などというものが大嫌いなのだ。

お気に入りの慶喜や松平容保だけを側に置いて、嵐が去るのをじっと待っていようと考えていた。

 

十月になって孝明天皇の強い希望で、慶喜が参内した。

そして、十二月五日に将軍に就任する事になった。

 

ここ最近では、各藩の誰もが天皇を冷ややかに見る様になっていた。

 

尊皇攘夷の言葉の下に、たくさんの志士たちが集まり、戦い死んでいった。

しかし、天皇にどれほど世界とこの国の情勢を奏上しても、全く聞く耳を持たない事に、皆、段々と失望の眼差しを向けるようになっていったのだ。

 

だがこの事は、決して口にする事は出来ない。

やりきれぬ感情が皆の心に溜まっていた。

 

そして、慶応二年の暮れ、孝明天皇は崩御(亡くなる)されたのである。

突然の事だったが、天皇の死は悲しみよりも、安堵感をもって迎えられたのだった。

 

七月に糸が男の子を産んだ。

干支にちなんで、寅太郎(とらたろう)という名を吉之助自らつけた。

 

あの、よかとですか?

 

何がじゃ

 

こん子に太郎という名前をつけてもらったこっです。大島にいる菊次郎さぁや、お母さんはどげな思いをすっとでしょうか。

 

吉之助は糸に、大島の子はいずれ引き取るつもりだが、嫡男にする事は出来ないといった話をした。

赤子をゆっくり眺めている時間は吉之助にはなかった。

 

家茂が急死した後、徳川宗家は継いでも将軍にはならないと言い張った慶喜の事を考えていた。

これを謙虚などと取ってはいけない。まわりの出方をうかがっているのだ。

 

幕府の後ろにはふらんすが控えているのだ。

慶喜は、生糸貿易の独占やさまざまなものと引き換えに、うまくふらんす行使ロッシュから援助を取り付けている。

 

ナポレオン三世は、最近友好の証だといって見事なアラビア馬を二十五頭、慶喜に贈ったという。

情勢は、まだわからない。うまくいけば慶喜にも充分勝算はあるのだ。

 

慶喜は世に対し、将軍職は自分しかいない。と知らしめ、三顧の礼をもって将軍に迎えられたいのだ。

そしてその時、さまざまな条件をつけるに違いなかった。

 

吉之助と大久保は、そうはさせまいと、諸侯会議の開催を図る。

ここで長州の処分を協議しようというのだ。

 

将軍を飛び越えて、天皇が直接采配をふる時代だと皆に知らしめるべきで、この際、将軍職は廃止することを考えた。

 

しかし、その計画の始まりである諸侯会議にも、大名達はそれぞれ理由をつけて上洛しようとはしない。

一方、慶喜は、あれほど将軍職を固辞したのに、公卿たちに金をばらまき、征夷大将軍の地位に就いたのである。

 

日頃はせかせかと話し、重厚さを欠いているように見える慶喜であるが、慎重にことを進め、じわじわと相手を攻めていった。

 

なんという賢か男じゃろう。

 

吉之助は感嘆したが、この賢さが国の為になるとは思えない。

慶応三年、吉之助は京を発ち鹿児島に向かった。

 

再び諸侯会議を開く事を計画したのだ。

この会議で長州の復権と、兵庫開港問題について話し合うつもりであった。

 

ここに集まるものたちは、島津久光、土佐の山内容堂(豊信)、越前の松平春嶽、宇和島の伊達宗城。

今、この国を動かしている四人の有力諸侯であったから、四侯会議(しこうかいぎ)という。

 

久光にすべての意図を話し、主導権を握って、議長の役割を果たしてくれるようにと頼んだ。

 

そして開港よりも、まず長州問題を解決してほしいと話した。いつまでたっても長州は朝敵になったままなのだ。

久光は、快諾してくれた。

 

吉之助は、あえて反対しない久光に対して、決して自分は好かれているなどとは思ってはいない。

使い勝手のよい駒だと思っているに違いなく、恐らく何か事が起きれば、すぐさま腹を切れと言うだろう。

 

それでも構わないと吉之助は思っている。

どうせ全ての事が終われば、薩摩に戻り百姓をするつもりだ。

 

そうして土佐に向かった吉之助は、ここで山内容堂に会った。

容堂は、昼間から酒のにおいをさせている。

 

容堂も四侯会議に出席することに同意したが、驚いた事に坂本龍馬には一度も会った事がないと平然と言う。

 

や、土佐の宝、いや日本の宝と言うべき人でございもす。

 

脱藩した者に、いちいち会う事もない。

 

この後、吉之助は宇和島へ向かい、伊達宗城の上洛の約束も取り付けた。

松平春嶽の方は小松がやってくれた。

 

そして五月四日、京の越前藩邸で、一回目の会議が開かれたのだ。

 

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【西郷どん(せごどん)】第35話あらすじ(ネタバレ)【原作から予想】!

 

【西郷どん(せごどん)】第35話あらすじ(ネタバレ)【原作から予想】!

 

越前藩邸で開かれた会議では、どうも四人の思惑が絡み合って、議事はなかなか進まなかった。

こうした感情を慶喜はうまく利用する。

 

まずは、長州の処分について話そうではないか。

 

そう言う久光の提案は受け入れられない。

薩摩で吉之助と久光は打ち合わせをしていた。

 

どうか、四侯会議では薩長同盟の約束どおり、先に長州の復権について長く話し合って欲しいと。

ところが、慶喜はこう言い出した。

 

肝心なのは、兵庫開港についてでありましょう。条約の期限も迫っております。これについてご意見をお聞かせくだされ。

 

陪席していた吉之助は、あっと思ったが、もう後の祭りであった。

春嶽と容堂は、慶喜の意見に賛同するのだ。

 

これについて久光が口をはさむと、激しい言葉が飛び交う事となった。

結局、何も結論を出せず、五月四日の会議も空しく終わった。

 

四侯会議をふまえて行われる事になった朝議(朝廷での会議)を前に、まず容堂が病気と称して抜けた。

次に久光も欠席を表明し、春嶽、宗城もそれにならった。

 

しかし、慶喜は嫌がる春嶽を引っ張り出し、久光の代わりに小松帯刀を座らせたのだ。

徹夜で行われた朝議では、慶喜が一人喋り続ける。

 

今の日本にとって兵庫開港がいかに必要か、他国にどう言い訳するのかについて、執拗な問いかけを繰り返した。

 

皆疲れてぐったりしている中、慶喜は摂政二条斉敬から、兵庫開港の勅許をもぎ取ってしまった。

吉之助は、人知れずため息をついた。

 

六月、吉之助は土佐の後藤象二郎、坂本龍馬たちと会合を開き、大政奉還要求と新政府構想を約した薩土盟約を結んだ。

 

心配なのは彼らの主君、山内容堂に、慶喜という人物への警戒心がまるでないことだ。

しかも容堂は、龍馬にただの一度も会ったことがないのである。

 

七月には大阪へ行き、えげれす行使館の通訳アーネスト・サトウに会った。

サトウからは、幕府を倒すなら武器や兵を用意すると言われた。

 

英国史を何冊か読んでいる吉之助は思った。

西洋の国というのは、そうして親切な言葉ですり寄ってきて金や武器を貸し、内乱を起こさせていつしか国を乗っ取っていくのだ。

 

自分らの国の事は、自分らで解決しなくてはないもはん。そんくらいの事は出来もす。

 

そして、ふと不安にかられた。

慶喜がこの気概を持っていなかったら・・・

 

きっと、慶喜も同じ事をふらんすから囁かれているに違いない。

慶喜は、誇りや強い気持ちを持って、その言葉にあらがってくれるだろうか・・・

 

そんな不安を持ちながら、吉之助は今、一番必要な事は何か考えた。

討幕の為にすべき事は・・

 

少年の新天皇は、まだ自分の判断を下せない。

まわりの公卿たちの意見は必須だ。

 

討幕に熱心な公卿たちに働きかけをするには、岩倉具視の力が必要だ。

そんな岩倉は天皇の外祖父、中山忠能たちの同意を得る事に成功した。

 

そうして、じわじわと事は極秘のうちに進んで、ついに薩摩と長州に討幕の『密勅』は発せられる事になったのである。

 

あとは、慶喜を追い詰めるだけだ。

十月十四日の日付で、西郷、小松、大久保の三人連名で蜜勅の請書を差し出した。

 

十月十三日、京にいる十万石以上の藩の重臣五十余人が二条城に集められた。

そこで慶喜は、大政奉還を宣言したのである。

 

翌日、上表が朝廷に提出された。

この上表には、徳川家の時代になって二百年、徳川は朝廷に奉公をし、大きな恩をいただいた今、このような事態になったのは、自分の徳の至らないためだ。といったものであった。

 

西郷さん、上様はわしら土佐の者たちが提出した建白書を真摯にお受け止めくださったがです。わしゃ、この方の為なら命を投げ出してもいいと思うちょります・・・

 

驚いたことに、龍馬は涙を拭っていたのである。

吉之助は言った。

 

そいは違っ。坂本さぁほどの方が、あん慶喜公の策略が読めんとは。

 

吉之助は、ふつふつと怒りがわいてきた。

 

慶喜公は、先回りしてうまく逃げたとじゃ。おいたちのふり上げたこぶしからじゃ。

 

西郷さん、おんしには解らんがか。上様は戦を起こさんようにと考え抜いた末に、ご自分が犠牲になったがよ。

 

いや、あん頭のよか方は解っちょ。政権を返したところで、今の朝廷に何の力もなかと。そん証拠に、将軍職をどげんするかについて、何も言っておらんど。徳川は、多くの兵と領地を有したままじゃ。奉還とは名ばかりで、こんままでは何も変わらん。

 

西郷さん・・・天下の将軍が政権を捨てたがやき。その重みを解っちゃる事は出来んがかね。

 

は今度の事は、慶喜公のずる賢さからと思っておいもす。土佐がやらないなら、薩摩が、こんおいが倒してみせもんそ。

 

じゃが・・・と言いかけて龍馬はそれきり止めた。そして黙って出ていった。

それが龍馬を見た最後となった。

 

一ヶ月後、龍馬は中岡慎太郎と共に惨殺されたのだ。

吉之助は、また戦友を失った悲しみに打ちひしがれた。

 

それからは、政治が吉之助を中心にまわり始めるようになった。

多くの者が吉之助の言う事になら耳を貸す。

 

吉之助は言った。

徳川家は諸侯の一員となり、官位一等をくだし領地を返上し、陛下に罪を謝し奉るべきなのだ。

 

吉之助は、薩摩の兵三千を京に送り、十二月八日の真夜中、禁裏のすべての門が閉められた。

そして翌日、『王政復古』の大号令が発せられ、新政府が樹立したのだ。

 

お膳立てをしたのは、岩倉具視である。

ここで吉之助は、また駒を進めた。

 

二条城から大坂城に移り、静観する構えとした。

じりじり時間が経つ中、山内容堂や春嶽が口を挟んでくる。あの日の龍馬のように。

 

将軍が全権を手放したのだ。どうしてこの重大さが解らないのだ。しかるべき役職を与え、今後の政治に参加してもらうべきであろう。

 

そんな事は出来ぬと吉之助は、突っぱねる。

そんな中慶喜は、世間の同情の声が次第に高まっていくのを待っていた。

 

このまま慶喜が政治の主導権を握り続けるのか、それとも薩長が旧幕府勢力を倒すのか。

民衆は、もう何年も不安と貧困の中に焦れている。

 

もう時間がない。

慶喜を動かさなくてはいけないのだ。

 

おいは鬼になっ。

 

そして薩摩藩士の益満休之助を呼び出した。

極秘の命を与える。

 

江戸に下って、どこの藩でもいいから浪士を五百人ほど集め、市中の商家を襲って火を放つ。

小さいところは焼けると潰れるかもしれないので、大きなところを狙い、かつ薩摩の仕業だと解るようにしろ。というものだ。

 

何故でごわんそか?

 

あちらの連中を怒らせればそいでよかとじゃ。

 

翌慶応四年元旦、吉之助は一人で正月の膳に向かった。

海老芋に箸をつけようとした時、江戸からの急報がもたらされた。

 

芝の薩摩藩上屋敷が焼き討ちに遭ったというのだ。

江戸市中取締りを任された庄内藩のしわざだという。

 

というのも、益満の雇った浪士たちが火をつけたのは大店だけではなかった。

町屋にも放火し、強姦や暴虐の限りをつくし、その逃げた犯人を追いかけたところ薩摩藩邸にたどりついたので、報復のため屋敷に火が放たれたという。

 

歯止めがきかない浪士たちは、勝手に暴走したのだ。

そうして市中を護る庄内藩兵や旗本たちが立ち上がり、芝の薩摩藩上屋敷を焼き討ちにした。

 

幕府方の怒りが限界を超えたのだ。

そしてようやく慶喜が動き出した。

 

薩摩だけを討つ命を下し、正月の二日、一万五千の大軍を京に向かわせたのだ。

吉之助が待望んだ戦が始まろうとしていた。

 

坂本龍馬の近江屋事件と寺田屋事件(騒動)の違いは?

 

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【西郷どん(せごどん)】第36話あらすじ(ネタバレ)【原作から予想】!

 

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もう少し、この挙兵が遅かったら、世間の同情を味方にして、慶喜はいくらでも政治的な巻き返しが出来たかもしれないのである。

 

そして、一月三日に薩摩の大砲がとどろいた。

鳥羽伏見の戦いである。

 

少し前、大久保から真っ赤な錦に『天照皇太神』と菊の御紋が金糸で刺繍された御旗を見せられた。

岩倉具視の案により、長州山口の工房で秘密裏に製作したものだ。

 

長州の品川弥二郎もこれに関わっている。

おそらく岩倉が行末を見据えて、薩長を協力させたに違いない。

 

吉之助さぁ、これがあれば百万の兵と同じじゃ。こいを掲げておれば、どげな奴らもひれ伏すじゃろう。刃向かう者は、たちまち朝敵じゃ。

 

こいがどうして天朝の御旗とわかっとじゃ。こいをひと目見て、本当にひれ伏すじゃろか。

 

吉之助さぁ、何を言っちょ。侍たるもの、誰もが太平記を読んじょ。後醍醐天皇がどげな旗をお持ちだったか知っちょっじゃろ。

 

そしてこの錦旗の威力は、吉之助の想像をはるかに超えた。

一月四日、伏見街道に高々とこの御旗が掲げられた時、薩摩と徳川との私戦ではないかと、どっちつかずだった土佐のみならず、旧幕府方と見られていた淀や津もはっきりと、こちら側についた。

 

朝敵になりたくない。』という思いは、とっさに薩長についた大きな理由だ。

こうして四日間にわたる戦いは、旧幕府軍の敗走で終わった。

 

吉之助は糸に手紙を書いた。

 

この戦がすべて終わったら、自分は薩摩に帰り隠居するつもりだ。また百姓をしようと思う。

 

糸からはすぐ返事がきた。

 

寅太郎は元気です。夫婦で畑を耕す日を待っております。

 

女には学問をさせないお国柄ゆえ、さして上手くない字であった。

 

それから信じられない事が起こった。

敵の大将、慶喜が大坂城から逃げ出したのである。

 

いくら錦の御旗の威力が強いといっても、人数では幕府軍の方が圧倒的に上だ。

もし、慶喜が先頭に立って指揮を取れば、勝利も可能であった戦いだ。

 

しかし慶喜は六日の夜、城を抜け出し兵を残して、さっさと江戸に逃げ帰ったのである。

松平容保や桑名の松平定敬たちは、『人のいないところでゆっくり評議したい』と慶喜に言われ、ついていくと小舟が用意されていた。

 

しかも城門を出る時、見回りの者に『誰か?』と問われた慶喜が『お小姓の交替なり』と巧みに答えた事実によって、幕府への失望は決定的なものとなった。

 

いかにも慶喜らしいと吉之助は思った一方で、公家と呼ばれる人種たちも信用できないと思った。

彼らは政治の中心にいるものの、金がない。

 

岩倉は慶喜から千両借りている事も知っている。

戦が始まる前夜、敵の大将に金を借りたのだ。

 

どうして薩摩や長州から借りないのか?信用していないのか、借りを作りたくないのか?いや、彼らは源の慶喜が、自分たちに尽くすのは当然と思っているのだ。

 

公家の考えている事が少しずつ解ってきた。

戦は、卑しい者たちに任せ、終わった時に勝利者の位置に居る気なのだ。

 

吉之助さぁ、慶喜殿はすぐさま上野寛永寺の大慈院に入り、謝罪と恭順を表明しちょ。えげれすや、ふらんすでは、こげんして謝った者を殺す事は許されん。

 

殺しなどせん。

 

吉之助は、大久保に言った。

 

ただ、腹を切ってもらえばよかとじゃ。

 

確かに諸外国がこの将軍の行末を固唾を呑んで見つめているのは確かであろう。

恐らく、慶喜の行動は、それを見越してのことだ。

 

慶喜殿が生きておれば、まだまだ戦う者がいくらでもおっ。慶喜殿が生きている限り、会津や庄内が諦めるはずはなか。

 

慶喜を交えての公議制の政治をすべきだという考えは、多くの藩が支持している。

例の江戸での薩摩の犯罪はいつしか知れて、旧幕臣や会津・庄内の怒りを買う事になった。

 

あと少し慶喜の出兵が遅かったならば、追い詰められていたのは薩摩だったのだ。

大久保と二人で力を合わせて、よくこの難局を乗り切ったと思う。

 

今や、吉之助も大久保も新政府の参与となっている。

大久保は征討大将軍の軍事参謀にも任命されたが、岩倉具視が自分を一人にするのか。と泣いて引き止めたおかげで、それは辞職する事になった。

 

吉之助は、大久保の人心掌握術に感嘆する。

思えば、若い頃の大久保は、あの久光の心さえつかんだのである。

 

久光が碁に目がないことを知って、自分も碁を必死で習い始めた。

そうして久光に目通りが叶ったのだ。

 

大久保は敵を作らず、穏便な方向へ持っていくので妥協も多い。

しかし、今回の戦いで、大久保も腹が決まったようだ。

 

吉之助さぁ、京は腐り切っちょ。こげんなったら遷都(せんと)しかなか。

 

遷都とな・・・・

 

遷都・・・都を他の地に移すこと。

 

吉之助は驚いて声も出ない。

確かに京にも江戸にも徳川の名を捨てきれない者はいくらでもいる。しかし、いきなり遷都とは・・・・

 

一蔵どんにはいつも驚かされっことばかりじゃ。

 

いを言うなら吉之助さぁごあんそ。

 

大久保の大坂遷都論は、あまりにも時期尚早だった。

というのも、公家や大藩の有力者たちの猛反発をくらったのだ。

 

薩摩の横暴、これに極まれり

 

と激怒したのは、前内大臣・久我建通(こが たけみち)である。

あまりにも強大な力を持ったため、薩摩が新体制の中で、うとまれているのだ。

 

しかし大役を担うのは、やはり薩摩の人間、吉之助や大久保なのである。

 

そして、東征大総督に就いたのは、有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひと)だった。

公武合体の為に降嫁した、和宮のかつての許嫁だ。

 

吉之助は東征大総督府下参謀に就任した。

そうして吉之助が全軍の指揮権を握った。

 

大坂から逃げ帰った慶喜は、まず勝を呼び出し海軍奉行並、継いで陸軍総裁に任命した。

勝は、第二次征長の交渉ごとで慶喜の不興を買い、ずっと自宅にこもっていたと聞いていたので、吉之助は驚いた。

 

まっこてどこまでずる賢か男じゃろうかい。

 

自分の勝に対する敬愛の思いを知り、それを利用しているような気がしてならない。

松崎屋という旅籠で吉之助が、次の登営の支度をしていると客が来た。

 

それは昨年末、江戸を撹乱しろと命じた益満休之助だった。

 

おはん、確か捕まって死罪になったと聞いちょったが。

 

いえ、勝先生に拾われてしばらく世話になっておいもした。

 

そして、後ろにいた男が益満の前に出た。

 

勝さんは、いつかこの男が役立つ時が来ると見抜いておいでだったのでしょう。江戸者のそれがしが、この陣営まで来られたのは、益満殿の薩摩弁のおかげです。今回ほど役立った事はありません。

 

ただならぬ気を感じるその男は、山岡鉄舟と言った。

 

徳川家に長年仕えてまいった、ただの剣術使いですよ。少々申し上げたい事があり、江戸から参りました。

 

吉之助は、山岡が渡した勝からの手紙を読んだ。

そこには、益満に命じた事により、江戸がどんな状態になったかが書かれていた。

 

いつの世でも勝者と敗者などというものは、あっけなく入れ替わるものだと、あなたはよくご存知でしょう。

 

まっこてなぁ。

 

これから公方様が首をはねられるさまを見なくてはならないかもしれません。それがどれほど辛いものか、あなたにはお分かりか。失礼ながら、島津様が同じ目に遭うとしたら、あなた方にもお分かりになるでしょう。

 

島津様と言われた吉之助には、ただ一人の主君、斉彬の事しか浮かばない。

 

自分もすぐ、腹を切りもんそ。

 

少し前に大久保と決めた江戸城総攻撃の件で山岡は来たのだ。

山岡の言葉に心打たれたものの、戦というのは感動ゆえに中止出来るものではない。

 

あちらの全権大使ともいえる勝と会い、ことを理詰めで進めていかなければならなかった。

三月十三日、高輪の薩摩藩下屋敷で勝と二人で会談を持った。

 

その日は取り留めもない思い出話に終始し、勝は早々に帰って行った。

しばらくして老女が目通りを願い出ていると聞いた。

 

幾島殿ではなかか。

 

お久しぶりでございます。出来れば二人きりにしておくれやす。

 

そして、一通の書状を差し出した。

 

天璋院(篤姫)様からです。

 

嘆願書が届いているのだ。

あの時の自分は、とてもお目通りを許される身分ではなかったが、今は敵方の総大将として、こうして直に書状をもらっているのである。

 

手紙には、徳川の家を救ってくれたら島津家ご先祖や父上への孝行の身が立つ。と、斉彬の名が二度出てくるのである。

そして、あなた様だけが頼りだ。という言葉には素直に胸を打たれた。

 

天璋院様は、あなた様だけが頼りです。今度の事でどれほど胸を痛めていらっしゃるか。

 

それにしても・・・と幾島は嘆息する。

 

若い頃のあなた様をよく憶えております。それが今、天下を動かしていらっしゃるのですね。

 

天下を動かしてなどおりもはん。倒れんように支えているだけでごわす。

 

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勝との本格的な話し合いが始まったのは、次の日だった。

 

西郷さん

 

最初に口を開いたのは勝の方である。

 

あんたの条件は山岡さんから聞いた。城も明け渡そう。軍艦も武器も一切そっちのもんだ。ただし、一つだけこれは呑めねえ話がある。

 

何でごわすか?

 

慶喜公を備前岡山藩にお預けになる件だ。

 

かつての藩主・池田侯は、公の弟御でいらっしゃる。何も案ずることはなかとでは。

 

いくら弟といっても、藩の意向でそちらに恭順を示すとなれば、慶喜公に腹を切れと言うかもしれねぇ。いや、家臣の手によって慶喜公は殺られるかもしれん、ここはご実家の水戸お預かりって事にしてくれませんかね。

 

吉之助は勝と見つめ合う。

この間の山岡の時と同じように。

 

わかりもした。

 

れじゃ、総攻撃はないんですね。

 

即刻中止いたしもすが、これについて今から大総督宮に、お伺いに駿府へ参りもんそ。

 

だけど、あんたは中止してくれるんですね。

 

はい。

 

勝は初めて笑顔を見せた。

そして、立ち上がった勝に吉之助は手をついて深々とお辞儀をした。

 

勝先生。この度はお忙しいところ、遠方まで来て頂きありがとうございもした。

 

勝者と敗者はいつでもあっけなく入れ替わるのだ。と言った山岡の言葉を思い出した。

 

明治二年(一八六九)、大島で育った菊次郎が西郷家に引き取られた。

西郷一家は上野園の借家から武村に移ったところであった。

 

この家に、西郷夫婦と寅太郎、弟の吉次郎の妻と二人の子供、従動(信吾)の妻が住んでいる。

吉之助の弟の吉次郎は、戊辰戦争で亡くなっていた。

 

それに沖永良部島で出会った川口雪篷も一生独身のまま西郷家で暮らす事になる。

使用人の熊吉と、あとは数十匹の犬たちがいる。

 

この家で吉之助は『正三位(しょうさんみ)』という栄誉と『西郷隆盛』という名を得た。

この隆盛というのは、実は父・吉兵衛の正式名で、役人が勘違いしてしまったのである。

 

吉之助は『よかよか。』と別に訂正することをしない。

面倒くさかったのと、役人がそれによって咎められないように配慮したのである。

 

しかし、正三位という位を吉之助は辞退した。

戦が終わった今も、吉之助に対し嫉妬や謀が責めたてていた。

 

菊次郎が再会した時、吉之助は心労からか、体の不調が続いていた。

しかし、菊次郎を見て優しく微笑んだ。

 

菊次郎か、こっちにこんか。

 

菊次郎は、その手の温かみがずっと残っていた。

吉之助は公務の度から帰ってくると菊次郎を大声で呼ぶ。

 

おい、菊、出かくっど。

 

そうして犬たちと猟に連れていってくれた。

早々に引退を考えている吉之助とは反対に、大久保は水を得た魚のようだ。

 

大久保の頭の中は、次々と新しい国家の設計図が出来上がっているようだ。

しかし、吉之助はまるで興味を失っていた。

 

その一つは勝海舟との会談で、勝の策にまんまと乗ってしまったではないかと政府内で非難が沸き起こったことだ。

 

もう一つは、徳川を徹底的に潰さなかったという意見もあり、吉之助はそれらの事で、すっかり嫌気がさしてしまった。

 

もうよしごわんそ

 

愛犬や息子と共に野山を走り、そして月命日に斉彬の墓に詣でる生活。

吉之助は、これに充分満足していた。

 

そんな頃、昨明治三年の三月に弟が生まれた。

午次郎(ごじろう)と名付けた。

 

それに信吾が帰って来た。

信吾は『従道(じゅうどう)』という立派な名に変わり、今では兵部権大丞兼陸軍掛である。

 

従道は、妻の清子をこのまま東京につれていくと宣言した。

すると吉之助がこう言った。

 

ちょうど良かった。菊を東京へ連れていってくれんか。

 

従道よりも糸が驚いた。

 

じゃっどん、旦那さま、菊次郎さぁはまだ十一歳でございもすよ。

 

郷中の若い者もこれから次々と東京へ行く事であっじゃろう。早かか遅かかの違いじゃ。

 

そうして吉之助も上京した。

それからしばらく東京に残る事になったのは、大久保や板垣退助らの強い説得があったからだ。

 

なんとか力を貸してくれ

 

大久保の目が血走っている。

ここで一気に廃藩を断行しなければ、新しい国づくりは不可能なのだ。

 

おそらく多くの反対が起こり、もしかすると戦も始まるかもしれない。

しかし、ここで藩や藩主というものを消滅させなければ、一体何のために幕府を倒したか解らない。

 

おいは最後の最後、ちゃんと始末をつけていなかったとかもしれん。

 

これを終えたら、本当に薩摩に帰るのだ。

そう心に誓った吉之助だった。

 

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