待ってました桂小五郎(木戸孝允)!!

大河ドラマ『西郷どん(せごどん)』では玉山鉄二さんが演じますが、桂小五郎の登場を待っていた人は多いのではないでしょうか?

 

さて、その桂小五郎ですが当時もイケメンと言われていたんでしょうか?

そして、吉之助との関係や新選組との関係も掘り下げてみたいと思います!

 

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桂小五郎(木戸孝允)はイケメンだった?

 

桂小五郎はイケメンだった?演じるのは玉山鉄二!

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki

 

桂小五郎と言われてすぐに顔が浮かぶ方は多くないと思いますが、写真や肖像画を見たら一目瞭然です。

好みはあるでしょうけど、間違いなくイケメンです。

 

こりゃ、当時も『イケメン~!』じゃないか・・・『男前~!』(かな?)って言われていたでしょうね!

 

ちょんまげ和装も洋風の格好もよく似合っているので桂小五郎と木戸孝允は別人だと思っていた人も多いはず。

…って、これはいいすぎですかね。

 

桂小五郎(木戸孝允)はイケメンだった?演じるのは玉山鉄二!

画像引用元:https://kotobank.jp/word/%E6%9C%A8%E6%88%B8%E5%AD%9D%E5%85%81-16197

 

しかも顔だけでなくて性格もよかったみたいで、気さくで面倒見の良い人だったようですよ。

大隈重信からは“真面目で誠実な人”と評され、師匠の吉田松陰からは“厚情の人物”と評されています。

 

桂小五郎はエピソードが実に人間らしくて、状況や環境に合わせて自分の色を変えながらも芯はぶれないので、結果、自分のなしえたい事の為に行動している、スゴイお人です。

 

長州藩きっての外交官・政務官!!

実質的には幕末  長州藩の代表!!

 

桂小五郎は命を狙われていたので、何回も名前をかえてバレないようにしていましたが、人生の後半は木戸孝允として活躍した人物です。

 

維新後は、政府の内・外務両面を執行する大物政治家として名を馳せ、斬り合いや戦闘に参加というよりは、事務的なイメージが強い桂小五郎ですが、西郷隆盛と大久保利通と並び“維新の三傑”と評されています。

 

そんな桂小五郎の宿敵といったらやっぱり近藤勇、土方歳三が率いる「新選組」ですよね。

そして「池田屋事件」では、新選組に危うく暗殺されかけたのはよく知られています。

 

実は新撰組との関わりは、この池田屋事件前にも間接的ではありますが、ちょこっとありました。

 

ある日近藤勇、土方歳三、沖田総司たちが修行した「試衛館」が、道場破りと戦うことがあり、助太刀を「練兵館」に頼むことに。

練兵館というのは、桂小五郎が江戸で剣術修行をし「塾頭」になった道場です。

 

実際に助太刀をしたのは桂小五郎の後輩で次に塾頭になった渡辺昇です。

渡辺昇は桂小五郎とならび“練兵館の双璧”と呼ばれていてた人物で“鞍馬天狗”のモデルとなった人です。

 

近藤勇、土方歳三、沖田総司と友人だったとか、知り合いということは残されていないのですが、助っ人のお礼に練兵館に食事をご馳走した。と資料にあるので、間接的には関わりはあったかもしれませんね。

 

それに桂小五郎は相当な剣の達人だったようですので、当時、剣術をやっている人なら桂小五郎の名前は知っていたのではないかと思います。

 

大河ドラマ『西郷どん』で桂小五郎(木戸孝允)を演じるのは玉山鉄二!

 

大河ドラマ『西郷どん』で桂小五郎(木戸孝允)を演じるのは玉山鉄二!

https://talent.thetv.jp/person/0000128415/

 

過去の映画やドラマで桂小五郎を演じていらっしゃる俳優さんはたくさんいますが、まぁーイケメンっ!

ぱっと思い出すところでいうと、東山紀之さんとか、谷原章介さんとか、及川光博さんとかですかね。

 

他にもいらっしゃいますが、一部の歴代キャストを見ただけでも見事にイケメン揃いなので、世間的にも桂小五郎がイケメンのイメージがあるんだなぁ〜と思います。

今回大河ドラマ『西郷どん』では玉鉄こと玉山鉄二さんが演じます。

 

個人的には“逃げの小五郎”の異名のついた桂小五郎がイメージとして一番強いので、キリッとした顔立ちで表現したら、リアル小五郎が見られそうな気がしています。

 

ファンも多い玉山鉄二さんですが、あまりご存知ない方の為に、ここでちょっとご紹介したいと思います。

 

玉山さんは1980年生まれで、現在38歳の俳優さんです。

中学時代は陸上部に所属していて、三種競技で京都大会3位になった経験があるそうです!

 

そして高校時代は、カットモデルをされていたそうで、そのモデルの仕事が楽しくて、雑誌モデルに応募したら合格しました。。。

てな流れで、トントン拍子に芸能界へ向かって行った様ですね。

 

18歳で現在の事務所にオーディションを受けて所属して現在に至ります

1999年 藤原紀香さん主演の『ナオミ』というドラマで俳優デビュー!!

2001年 『百獣戦隊ガオレンジャー』の追加戦士、ガオシルバー役で知名度アップ↑↑

 

たくさん出ている作品があるので書ききれませんが、なかでもやっぱり『マッサン』は連続テレビ小説初出演かつ初主演を果たしたドラマで、この辺りから老若男女に知られたのではないかと思います。

 

映画は

チームバチスタの栄光

ハゲタカ

阪急電車 片道15分の奇跡

陽だまりの彼女

などなど。

 

ハゲタカ』で演技が高く評価され、第33回日本アカデミー賞優秀助演男優賞を受賞されています。

ちなみに今回大河ドラマの出演は3回目となるそうです。

 

桂小五郎の役を玉山鉄二さんはどう演じてくれるのでしょうか。

楽しみですね。

 

桂小五郎(木戸孝允)が吉之助に裏切られたと感じた原因は?

 

桂小五郎(木戸孝允)が吉之助に裏切られたと感じた原因は?

 

桂小五郎は、西郷隆盛、大久保利通と並んで維新三傑に数えられ倒幕、明治維新に貢献した人物です。

 

犬猿の仲と言われるくらい、めちゃくちゃ仲が悪かった長州藩と薩摩藩が手を結んだ「薩長同盟」から、時代は一気に討幕へと突き進みました。

 

なぜ犬猿だったかというと、元々の方針が違っていたからです。

 

薩摩藩→公武合体と開国

長州藩→尊王攘夷

お互いに敵として戦ったこともあり、長州藩は負けています。

その時の思いもあって、今更、今の考えは同じ思いですよっ!!と言われても何のわだかまりなく仲良くするのは難しい…。といったところ。

 

なぜ不仲の両藩が薩長同盟を結べたのか・・・

それは、坂本龍馬が間に入ってくれたからでした。

 

いつまでもそんなことを言っていては折角目指すところは同じなのに討幕なんてできない!』・・・と思ったかどうかはわかりませんが、坂本龍馬は中岡慎太郎と一緒に両藩の仲立ちをし、長州の福永喜助宅で、薩摩と長州は会談を始める事が出来たのです。

 

そうして薩長同盟実現に向けて奔走しましたが、いつも薩長同盟は実現の目前で流れています。

一度目は長州藩の桂小五郎が下関で待っていましたが、西郷が京都に行く。ということで来ず…。裏切られる形となりました。

 

二度目は京都で、薩長顔合わせをしましたが、お互いに面子が気になり同盟の話を口にすることができずに流れてしまいました。

 

龍馬は怒って、藩の面子より日本国のためのこの同盟に命をかけていることを訴え、西郷隆盛に詰め寄りました。

 

当初、長州藩の勢力が小かったので、木戸孝允は西郷隆盛に『同盟』を提案することにとても消極的でしたが、長州藩士の坂本龍馬の仲介のもと、西郷隆盛は長州藩に歩み寄り、ついに薩長同盟、つまり倒幕のための軍事同盟を結ぶことに成功したのです。

 

そういった流れもあり、桂小五郎と吉之助はお互いににらみ合う様な形になった時期はありましたが、坂本龍馬のおかげでなんとかわだかまりが溶けていったのでした。

桂小五郎が吉之助の事を信じられなくなったのは、1回目の薩長同盟の話し合いに吉之助が来なかった事から始まったと言われていますね。

 

約束はきちんと守らなければならない事はもちろんですが、この時代ですからねー。

特に、その辺りには気をつけなければいけなかったでしょうね。

 

桂小五郎と新撰組との関係は?池田屋事件で助かったのは偶然?

 

桂小五郎と新撰組との関係は?池田屋事件で助かったのは偶然?

 

桂小五郎と新撰組は知り合いや、友人ではないので直接的な関係はありませんでしたが、桂小五郎は豪剣としてとても知名度のある人物だったので、当時、剣術をしていた人だったら名前を聞いただけで「あの桂小五郎!!」と、なったのではないかと思います。

 

先程も少し触れましたが、ある日、「試衛館」(近藤勇、土方歳三、沖田総司)が、道場破りと戦うときに、助っ人を「練兵館」(桂小五郎「塾頭」の道場)に頼みました。

 

実際に助っ人をしたのは渡辺昇ですが、助っ人のお礼として練兵館に食事をご馳走したようですので、食事会で会話を交わしたかはわかりませんが、間接的な関わりはあった様です。

 

渡辺昇は後に薩長同盟にもかかわる人物で新撰組(近藤勇)とも関係が深かったようですね

 

当時も渡辺昇より桂小五郎の方が知名度もあったので、渡辺昇のエピソードを後世の人が聞いて、想像または創作して名前が置き換えられて、桂小五郎と新撰組が関わりがあった。とされているのではないでしょうか。

 

なので『池田屋事件』で助かったのは偶然ではなく必然であったのではないかと思います。

 

池田屋事件』というのは、京都の三条木屋町にある旅館・池田屋に潜伏していた長州藩や土佐藩などの尊王攘夷派の志士達を、『新選組』が襲撃した事件です。

 

襲撃理由ですが、当時『八月十八日の政変』で、長州藩が失脚した形となっていましたが、水面下で長州藩や土佐藩などの尊王攘夷派が、勢力挽回を目論んでいるという情報を新選組が知りました。

 

そして、『池田屋』に潜伏していた尊王攘夷派の志士達を襲撃する事になったのです。

 

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当時、長州藩の外交官で、対馬藩の内紛騒ぎで非常に忙しかった桂小五郎。

 

血の気の多い志士たちが多い藩内のなかでも慎重派だったので、池田屋でおこなわれる会合にもあまり乗り気ではありませんでした。

 

池田屋の会合は大きな出来事と現代人は思いがちですが、新撰組襲撃事件が起こったからであって、襲撃される前の当時の感覚としてはよく行われている志士の集まりで、それほど大きな出来事ではありませんでした。

 

で、優先順位として、藩中のお家騒動の方がこの頃の桂小五郎にとっては重要で、池田屋よりも対馬藩邸におもむく方が高かった。というわけです。

実際、桂小五郎は集合時間の前に池田屋に行ったので、まだ誰も来ていなかったので出直すつもりで池田をあとにしました。

 

池田屋に誰も来ていなかったから、対馬藩邸に行った。」と桂小五郎は言っていますが、当然不自然ではないと思います。

でも、結果この行動が明暗を分けることとなったのです。

 

ですがこれにも諸説ありまして、実は事件のとき池田屋にいて逃げたんじゃ…?なんてことも言われています。

新撰組総動員で池田屋を襲撃されているので、そのまま池田屋にいたら剣豪で有名だとはいえほぼ絶望的だったと思います。

 

桂小五郎は実家が藩医だったせいか、命の大切さをよくわかっていたようです。

 

生き延びたからこそ事をなし得ることができるので、この後の薩長同盟から、明治維新へと繋がっていけたのだと思います。

行動としては結果、逃げたことになるのかもしれませんが、これも立派な戦い方だったと思えますね。

 

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