大河ドラマ『麒麟がくる』には佐々木蔵之介さん演じる豊臣秀吉(藤吉郎)が登場していますが、その秀吉の弟・豊臣秀長(小一郎)のことをご存知でしょうか。

豊臣秀長(小一郎)は、天下人として知られる豊臣秀吉の弟で、秀吉の右腕となり活躍した武将です。

 

兄・秀吉を制御出来る弟だったともいわれ、天下統一にはかなり貢献したとも言われる秀長。

秀長が長生きしていれば、豊臣家の天下は安泰だったのでは。などということを言われています。

 

そんな豊臣秀長とは、いったいどのような人物だったのか、みていきたいと思います。

 

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目次

豊臣秀長(小一郎) 秀吉の弟として誕生

 

豊臣秀長(小一郎) 秀吉の弟として誕生

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki

 

豊臣秀長は、1540年(天文9年)現在の名古屋市中村区の尾張国中村という地域で、農民の家の子として誕生しました。

 

父は、竹阿弥とされ、秀吉とは異父弟となる説と同父弟説があります。

幼少時は小竹(こちく)と呼ばれていました。

秀吉は農家の生活に嫌気がさし、秀長が幼少の頃に家を飛び出しているので、面識はなかったようです。

 

秀長は、真面目で働き者に成長し、毎日農家の仕事に精を出していました…。

そこに、突然、兄・秀吉(当時は木下藤吉郎と名乗っていた)が織田信長の家臣になって帰ってきたのです。

 

武士となった秀吉は「主人に奉公するには部下が必要」と、秀長を説得。

心を動かされた秀長は、兄の元で武士となることを決意するのです。

そして、名を「木下小一郎長秀」と改めました。

 

ちなみに、信長の「長」秀吉の「秀」を組み合わせたのが秀長という説がありますが、事実かは不明。

 

秀長になったのは、信長が没して、秀吉が天下人になってからのこと。

」と「」を入れ替え「秀長」と名乗るようになりました。

 

話は戻ります。

武士になった秀長は、戦などに赴く秀吉の不在を任されていました。

 

秀吉は、功を重ね、

・蜂須賀正勝(はちすかまさかつ)

・前野長康(まえのながやす)

・堀尾吉晴(ほりおよしはる)

といった、戦の経験豊富な武将を、信長から与力として付けられるようになりました。

 

配下に竹中半兵衛の名で知られる「智謀の士」竹中重治(しげはる)を迎えました。

 

秀長はこのメンバーを時に束ねる立場にありましたが、ずっと田を耕す生活を送ってきて、今日から武士ね。と言われても、すぐに武士の仕事ができるはずもありませんでした。

 

が、それでも謙虚な姿勢で取り組み、立場が上がっても先輩武士を見て、

・戦場での将としての振る舞い

・兵の進退のやり方

・兵の内政のやり方

など、学んでいったようです。

 

そして、秀吉が姓を「羽柴」に改めると秀長もそれに倣います。

秀吉は出世し、一軍を委ねられる身分に。

秀長は、徐々に重要な役割を任されるように。

 

秀吉が、信長から中国地方征伐軍の総司令官を命じられると秀長も従軍します。

羽柴軍は苦戦しましたが、播磨・但馬(たじま、現兵庫県北部)の平定に成功。

 

そうして秀長は、山陰道及び但馬平定の指揮を任される事になります。

その後、中国の王者・毛利氏と、備中高松城で対峙。

 

ちょうどこの時、京都で本能寺の変が起こり、羽柴軍は姫路を経由し、急ぎ京都に戻る事になります。

そして、明智光秀の軍と激突。(「山崎の戦い」)

秀長は最も重要な土地・天王山の守備を任されました。

 

本能寺の変、そして山崎の戦い後、秀長は秀吉 VS 柴田勝家の「賤ケ岳の戦い」にも参陣。

秀長は、論功行賞で播磨・但馬の二国を与えられ、数十万石の大名に出世。

 

1584年(天正12年)「小牧長久手の戦い

家康 & 信雄(信長の次男)VS 秀吉軍

 

紀州を平定すると秀長は検地を行い、安定した税収確保の基盤を作りました。

これが「太閤検地」の基礎になったのでは。といわれています。

 

そして、家臣・藤堂高虎に命じ、和歌山城を築かせました。

で、この頃、名を秀長と改めたようです。

 

近畿地方が平穏になり、西国で秀吉に敵対する大勢力は、

・四国の長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)

・九州の島津義久(しまづよしひさ)

だけになりました。

 

しかし秀吉は、四国征伐を計画中、病によって倒れてしまいます。

そこで、秀長を総司令官に任命し、10万超えの兵を与え四国に送り込みました。

 

元親の抵抗は激しいのと、連携が上手くいかない事で、進軍できない状況に陥ります。

秀吉は「自分が総大将になって四国に出張る」と、秀長に書状を送りましたが、秀長は「必ず自分が元親を降すから、四国に来ないでほしい」と返信し、元親を降して四国の平定に成功。

有言実行しました。

 

この功により、大和(現奈良県)を与えられ100万石の大名になり、官位は大納言(だいなごん)に昇進。

大和大納言」と呼ばれるようになりました。

郡山城を改修し居城とし、領国統治の拠点にしました。

 

大和は寺院と、その領地が多い国。

領地を武士らに横領されていたので、その土地を返還しろ!という寺院からの訴えがたくさんありました。

 

その為、治める事はかなり難しいとされていましたが、秀長は

・訴えに耳を傾ける

・公正な裁決を下す

・武装解除を進める(僧兵を擁している寺院)

などなど、巧みな政策で統治を進めていったといわれています。

 

他にも、

・商工業の保護を行う

・自治権を与え城下町の賑わいを促進

・「赤膚焼(あかはだやき)」づくり

(現在にも奈良に伝わる陶器づくり)

 

この頃、秀長は、戦 & 内政に多忙を極め、有馬温泉で湯治をした記録が残っていますので、体調を崩すようになったのは、恐らくこの頃ではないかといわれています。

 

徳川家康が秀吉に臣従する為、上洛すると、秀長の屋敷を家康に提供するなど、重要な役目を果たしています。

 

九州征伐では、日向方面の司令官となり、「根白坂の戦い」で島津軍を破り、勝利を決定づけ、四国征伐、九州征伐で敗れた

・長宗我部元親

・島津義久

も秀長を通じ、秀吉に降伏を申し入れ、寛大な処置がとられています。

秀吉の天下統一も間近となった頃、秀長は床に伏せる日が多くなり、小田原征伐には参陣ができませんでした。

 

そして、秀吉が天下統一を果たすのを待ったかのように秀長は、天下統一後すぐ、居城大和郡山城にて息を引き取りました。

兄・秀吉の天下取りに貢献した人生でした。

 

秀吉が天下を取ってから

 

秀吉が天下を取ってから

 

秀長は生前、質素な暮らしを旨とし蓄財に励んでいたので、大和郡山城には莫大な量の金銀が蓄えられていたそうです。

銭が無ければ戦も政治もできないことをよく理解していた秀長。

戦に合わせて、必要なことには金に糸目をつけず進めてきました。

 

例えば、相場より高い価格で米を買い占めたり、労働者を高い銭で雇ったり…。

秀吉は、金を使い兵士の流血を減らす戦い方をしますが、その金策の仕事は秀長の役割だったと思われます。

 

その秀長を亡くし、豊臣家は没落の一途を辿り、わずか20数年後には豊臣家は滅んでしまいます。

 

天下をとり、独裁者となった秀吉は、

・千利休を切腹させる

・秀次(甥)とその妻子を惨殺

・無用の戦を起こす…。

正気を失っていく中で、秀吉はこの世を去りました。

 

そして、天下は徳川家康に奪われてしまいました。

豊臣政権が短命だったのは、秀長を失ったからと言っても過言ではないのではないでしょうか。

 

秀長は兄の秀吉に意見出来る弟だった?

 

秀長は兄の秀吉に意見出来る弟だった?

 

天下人となって、つけあがり、傲慢になった秀吉を抑えることができたのは、秀長と利休だけだったようです。

 

秀長は、自分の地位があがっても謙虚さを忘れず、暴走しがちな秀吉のブレーキ役だったのだとか。

 

秀吉は、上昇志向が強く容赦のない性格。

それとは対照的に秀長は、とても温厚で生真面目、でもって寛容な性格だと言われています。

 

秀吉は、自分のことも、秀長のこともわかっていて、心底信頼していたのではないでしょうか。

 

それが証拠に秀吉は、自分の不在時は秀長に城代を任せており、秀長は秀吉軍の最重要人物となっていってました。

 

九州征伐前、島津氏の圧力を訴えに来た大友宗麟(おおともそうりん)に対し秀吉は、こんなことを語っています。

「・内々の儀は宗易(千利休のこと)に」

「・公儀の事は宰相(秀長のこと)存じ候」

 

訳すと、秘密のことは利休に。政治のことは秀長に。という意味です。

政治関係のことは秀長に任せておけば安心だった秀吉の気持ちがよく伝わりますね。

 

また四国征伐、九州征伐で敗れた

・長宗我部元親

・島津義久

たちは、秀長を通じ秀吉に降伏したときも、寛大な処置がとられています。

 

1584年(天正12年)「小牧長久手の戦い

家康 & 信雄(信長の次男)VS 秀吉軍には、秀次(秀吉の甥)が失態を犯し家康軍に敗れ、秀吉は激怒しますが、秀長は秀次をかばい、大きな咎めは受けずにすみました。

 

秀吉の勘気に触れた者は、秀長にとりなしを依頼して事なきを得た人が多かったそうです。

 

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