大河ドラマ『麒麟がくる』で、織田信長の母・土田御前(どたごぜん)を演じるのは、檀れいさんです。

 

信長の母ですから、もちろん土田御前は有名で、どんな女性だったか。というのも知られていそうですよね。

しかし、詳しい史料があまりなく、その人物像は謎です。

 

土田御前という女性は、美しいかったのでは?なんてイメージを持つ方も多いはず!

あの有名な織田信長の母ですからね。

 

大河ドラマ『麒麟がくる』では、美し過ぎる女優の檀れいさんが演じますから、その土田御前はイメージ通りの美しさと雰囲気も、兼ね備えた女性として登場してくるでしょうね。

 

 

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大河ドラマ『麒麟がくる』で土田御前を演じるのは檀れい!

 

大河ドラマ『麒麟がくる』で土田御前を演じるのは檀れい!

画像引用元:https://www.vip-times.co.jp/

 

さて、今回『土田御前』を演じるのは檀れいさんです。

檀れいさん。。。と聞くと、まずは『めちゃくちゃ綺麗』というイメージが浮かんできますよね。

 

土田御前もゲームなどでは、よく登場しますが、とても美しい女性として描かれていますので、土田御前 = 美人というイメージは強いと思います。

 

美しい檀れいさんが演じる土田御前!イメージピッタリです。

さて、檀れいさんといえば、宝塚歌劇団出身!という印象が強いですよね。

 

月組・星組のトップ娘役でした。

檀れいさんの本名は山崎まゆみ。

 

1971年8月4日生まれで現在48歳。

えぇ~?! 48歳~?? と誰もが驚く若さと美貌ですよね。

 

私、思うんですけど宝塚出身の女優さんって、なんであんなに若いんだろう・・・と、いつも思うんですよ。

檀れいさんもそうですが、びっくりするのが大地真央さん!

 

大地真央さんって、63歳なんですよー!

CMとか見ると、ホントびっくりですよね。

 

他にも黒木瞳さんや、天海祐希さんや、真矢みきさんなど、どこの美容整形行ってる?と思う位、(エステや化粧品レベルじゃない若さ)宝塚出身の女優さんって、異様に若いんですよ。

 

檀れいさんも、今回の『麒麟がくる』で演じる土田御前を見ながら『どこの美容整形行ってるのか・・・』と、思う事間違いなし!(ん?)

 

ま・・とにかく檀れいさんが演じる土田御前・・・早く観たいなぁ。。

 

織田信長の母・土田御前とは

 

 

土田御前(どた ごぜん)ですが、普通は『土田(つちだ)』と読んでしまいますよね。

土田については、『どた』や『つちだ』どちらにも説があるようですが、一般的には『どたごぜん』で通っています。

 

土田御前は、織田信秀の継室と言われていますが、織田信秀の正室は『織田達勝の娘』で、正室が亡くなってから土田御前が織田信秀の妻となったので継室と言われています。

 

その土田御前ですが、土田治郎左衛門秀久の娘と言われていますが、諸説あります。

 

土田御前は、息子の織田信行と暮らしていましたが、信行が兄の信長によって命を落とした後は、信長と暮らしています。

 

そして信長が、本能寺の変により亡くなった後、安土城から避難しています。

詳しい事は解りませんが、その後土田御前は、孫(信長の次男)・信雄に引き取られます。

 

しかし、信雄が秀吉の怒りを買って改易された後、土田御前は今度は、息子である織田信包(信長の弟)のもとに身を寄せます。

そうして土田御前は、信包のもとで文禄3年(1594年)に亡くなっています。

 

法名は報春院花屋寿永大禅尼、又は花屋寿永大姉という説もあり。

 

土田御前は信長を嫌っていた?『うつけ』が原因?

土田御前は信長を嫌っていた?『うつけ』が原因?

 

土田御前についてよく言われているのが『織田信長より、弟の信行を溺愛していた』という話。。。

土田御前は、有名な割には具体的な史料も少ないので、その人物像や発言なども謎の部分が多く、諸説あるのです。

 

まぁこういった事は、土田御前に限らず歴史上の人物にはつきもので、珍しい事ではありませんし、『こうだったのでは?ああだったのでは?』と意見が飛び交う事も、歴史の面白さの1つですしね。

 

織田信行が兄の信長に暗殺されるまで、母・土田御前と暮らしていたというのも、『溺愛説』の理由の1つかもしれません。

 

それに、土田御前の夫で、信長や信行の父である『織田信秀』の葬儀で、信長が仏前にて抹香を投げつけるという行いがあったと言われています。

 

それに対照的だったのが、弟の信行は礼儀正しい行いだったといった事も、外部の目から見ると『母親も兄には手を焼いているんだろう』と見られるのは必然だと思われます。

 

信長は『うつけ』(奇行な行動や、ボーっとしているという意味で使われる)と呼ばれていたのは有名で、そういった意味からも、母として信行を溺愛するだろうと一般的には思われるでしょう。

 

『信長公記』によれば、信行は信長に対し敵意を持っていて、織田信安と密談し謀反を企てていた。と記されています。

そんな信行の行動や思惑を察知していたとされる信長が、結局信行を誘殺する事になります。

 

そこだけ聞くと、『どっちもどっち・・』といった印象ですが・・・

しかも、信行が誘殺された後、土田御前は信長と暮らしています。

 

嫌いだった息子が、溺愛していた方の息子の命を奪ったとなれば、許しがたい気持ちになりそうなものです。

しかし、誘殺した方の信長と一緒に暮らし、孫達の面倒をみていた。という事から感じるのは、2人の息子はどちらも同じ様に愛していたのでは・・?

 

そう思うと、うつけと言われる信長が嫌いで信行だけを溺愛していた。といわれる説も、どこか怪しいと思えてきます。

 

ただ、この時代の親子関係や兄弟、親戚なども、現在の家族関係とは、まるで違っていますし、当時は命を優先出来ない事も多々あります。

 

本当のところは解りませんが、個人的に思うのは『信長を嫌っていた』という事ではなく、思い通りの息子に育てる事が出来なかった。という気持ちはあったのかも?と思ったりします。

 

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