大河ドラマ『西郷どん』で小松帯刀役を演じるのはイケメン俳優の町田啓太さん。

イケメン俳優が登場する事で、少し視聴率も上がるのでは?なんて思いますが。。。

 

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小松帯刀役をイケメン町田啓太が演じる!

 

小松帯刀役をイケメン町田啓太が演じる!

画像引用元:https://www.ldh.co.jp/management/machida/

 

小松帯刀は若くて出世し、影の功労者と言われた歴史上欠かすことのできない人物です。

そんな小松帯刀を大河ドラマ『西郷どん』で町田啓太さんが演じます。

 

町田啓太さんをあまりご存知でない方のために、簡単にご紹介したいと思います。

 

町田啓太さんは映画、ドラマ、舞台、CMなどなど広く活躍されているので一度は見たことある俳優さんだと思います。

 

身長181センチ。27歳です。

長身でイケメン!女子にはたまらないですよね。

 

町田啓太さんといえば、あの超絶かわいい笑顔です!

あの笑顔に世の女子は虜になるんですよね〜。

 

イケメンなのに性格も良くて…って、完璧なんです!

しかも、ダンスが得意!

 

中学では野球で汗を流し、他、水泳、バスケットボール、スケート、スキー、剣道(二段)など、スポーツが好きなんだそうです。

 

体幹が鍛えられいそうなので、時代劇の盾演技も上手そう!

それに仕事のできる人を演じる上で大事な風格も持ち合わせたイケメン俳優さんですね。

 

それに小松帯刀も人柄の良い人物だったそうなので、この配役はこれまたピッタリ!と言っていいと思います。

若さと才能兼ね備えた人物!小松帯刀!

 

町田啓太さんはどう演じてくれるのでしょうか。

楽しみですね。(^^)

 

小松帯刀とは

 

小松帯刀とは

画像引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki

 

小松帯刀という名前を聞いたことはありますか?

 

歴史の教科書や小説にもでてきますが、とにかく地味で脇役扱いされがちなので、記憶に薄いかもしれませんが、実はこの小松帯刀は、西郷隆盛、大久保利通の上司で、薩摩藩を代表する政治家なのです。

 

悪性腫瘍のために34歳の若さで亡くなっていますが、幕末の薩摩藩の支柱として活躍し、幕末維新の時代の流れのなかで大きな役割を果たした人物です。

 

それでは小松帯刀の人生を産まれたときに遡り、簡単にまとめました。

 

小松清廉きよかど(のちの帯刀たてわき)の生まれは1835年12月3日

 

現在の鹿児島県鹿児島市山下町にあった喜入(きいれ)領主・肝付兼善(きもつきかねよし)の屋敷で四男として生まれました。

 

13歳くらいの時に向学心に目覚めたそうです。

横山安容の門下で儒学、八田知紀からは歌道を学びました。

 

21歳の時に、吉利領主・小松清猷(こまつきよもと)の養子になり、清猷の妹・お近と結婚し、家督を継ぎました。

 

1858年島津斉彬が没すると、忠義が藩主になりました。

 

実質的に藩の実権を握ったのは忠義の父・久光で、斉彬、久光から信頼されていた小松清廉は、側役に抜擢されて藩政改革を任されるようになりました。

 

小松清廉は当番頭兼奏者番に出世して、貨幣の鋳造や集成館の管理など任され藩政の中枢へと少しずつ近づいていきました。

 

25歳の時に長崎に出張し、軍艦操作、破裂弾・水雷砲術学を半年で修得すると、鹿児島に戻り、電気伝導による水雷爆破実演を行いました。

 

1862年島津久光の上洛に随行。

帰国後に小松清廉は薩摩藩家老職に就任し、藩政の中心人物になり、

 

・集成館を再興

・蒸気船機械鉄工所を設置

・諸藩、朝廷、幕府との交渉役

・藩内の各部を統括。藩の近代化に尽力。

・西洋の学問を教える。「開成所」を設立

 

と大活躍します。

 

他にも、

・京都で親しくなった坂本龍馬の亀山社中設立を援助。

・長州藩士・井上馨、伊藤博文と長崎の商人トーマス・グラバーを引き合わせ、五代友厚のイギリス留学を後押し。

・英国公使パークスと島津久光を対面させる。

などなど、イギリスと薩摩藩の友好関係にも大きな影響を与えました。

 

二条城で徳川慶喜に大政奉還の受諾と将軍辞任を迫ります。

 

摂政・二条斉敬には大政奉還上奏の受理を迫り、大政奉還による政権移譲の立役者の一人となりました。

 

大政奉還成立後、鹿児島に戻り藩兵を率いて上洛を試みますが、体調を崩し断念しています。

この後「足痛」でオランダ人軍医・アントニウス・F・ボードウィンの診察を受けた記録も残っています。

 

足痛の他「胸痛」「肺病」の発症の記録も残っていて、左下腹部に腫瘍があり切除不能、このことが原因かはわかりませんがこの翌年、小松帯刀は人生の幕を閉じました。

 

35歳の若さでした。

 

小松帯刀は死期を悟っていて、半年前に遺言書を作成していたと言われています。

 

最後まで折り目正しく、人々のことを考え迷惑をかけず綺麗にこの世を去る去り方もいかにも小松帯刀らしい晩節ですね。

 

この小松帯刀を劇団EXILEのメンバーのイケメン俳優・町田啓太さんが演じます。

 

小松帯刀は当時にしては、わりとシュッとした顔立ちでいかにも頭が良さそうな感じが印象的なので、町田啓太さんの爽やかイケメンの顔立ちは、イメージにぴったり!

 

人当たりも良さそうで、雰囲気もバッチリだと思います。

小松帯刀はデキる男なので、新たな町田啓太さんのファンが増えるのではないのでしょうか。

 

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小松帯刀は若くして薩摩藩の重職となる!

 

小松帯刀は若くして薩摩藩の重職となる!

 

小松帯刀は1835年12月3日、喜入領主の肝付主殿兼善(きもつきとものかねよし)の第3子として誕生しました。

1856年  小松家に養子入りし、吉利領主となっています。

 

小松帯刀が薩摩藩の家老となったのは1863年満27歳。

 

若くして家老となっただけではなく、御軍役掛、琉球掛、唐物取締掛、琉球産物方掛、御製薬方掛、造士館演武館掛、御改革語内用掛、御勝手方掛、砂土原掛、蒸気船掛を兼任し、薩摩藩の政治、軍備、財政、教育、商工の全てを任されたのです。

 

これだけの職務を任された小松帯刀は、やはり優秀で、担えるだけの能力の持ち主だったからでしょう。

 

小松家は、薩摩藩の家老職の家柄だったので不思議なことではないのですが、年齢が20代の間に、このような重職を担うことは従来では考えられないことでした。

 

幕末動乱の時代だからこそ若者の優れた力が求められたのかもしれませんが、前代未聞のこと。

この若さで重職を任されるのは凄いことですが、小松帯刀の持っている力、可能性を見抜いて大抜擢したリーダーを尊敬します。

 

その人物は島津久光です。

鋭い眼力をもっていたのですねぇ〜。

 

就任してから、その信頼と期待に応えて業績を上げています。

幕末に起きた出来事の陰に小松帯刀あり!と言えると思います。

 

小松帯刀が若くして家老に抜擢されたことや、政治に大きく関われた事は、当時、薩摩藩の実権者、島津久光無しにしては語れないのではないのでしょうか。

 

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